カリオストロ公国の歴史


nilgiri的カリオストロ公国の歴史(推論)

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公国の起源
劇中のルパンの台詞から引用してみると、
「ローマ人がこの地を追われる時、 水門を築いて沈めたのを、あんたのご先祖様が密かに受け継いだんだ」

ということになっている。一方、東宝ビデオのパッケージを見ると、
「400年もの間、大公家と拍車くけとが骨肉の争いを続けていた・・・」
と記載がある。劇中のカリオストロ伯爵の台詞から、その事についての裏付けは取れているから問題は無い。 問題となるのは「400年もの間・・・」という記載だ


既にご存知の方は蛇足となるので申し訳ないが、実は
ローマ帝国の滅亡は1453年に滅亡している
しかもローマ帝国と名がついているが、実質はビザンツ帝国(東ローマ帝国)という国である。 詳細は説明するとキリがないので、簡単な年表で説明させて頂く

年代詳細
395ディオクレティアヌス帝により、ローマ帝国が東西に分割され、 彼の息子二人に分割された帝国が委ねられる。 以降は東西両皇帝により分割統治が始まる。後に副帝も置かれる
476西ローマ帝国がゲルマン人の傭兵隊長オドアケルにより滅亡させられる。 最後の皇帝はロムルス=アウグストゥルス
1453東ローマ帝国滅亡
東ローマ帝国の首都はコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)。 ダーダネルス=ボスフォラス海峡に面した、ヨーロッパとアジアを結ぶ交通の要衝であり、 難攻不落の城としても有名だった。オスマン=トルコ帝国のマホメッド2世の奇策により滅亡する

いずれにせよ、1453年という時間にはローマ帝国と呼べるものは既に存在しない。 存在したとしても、それはヨーロッパではなく現トルコ共和国周辺ぐらいの領地しかない。 既にビザンチン帝国は消滅寸前の存在なのだ。 だとすれば、400年前からの存在という説は成立しなくなる( 例えば1953年から見たとすると、成立は500年前ということにあるため)



西ゴート王国起源説
公国の起源が400年前という説が成立しなくなったので、起源を別のところに求めてみよう

まずはゴート族の末裔という線はどうだろうか?ゴート族はゲルマン系の民族と伝えられており、 かの有名なゲルマン民族大移動の発端となった国である。 後にスペインの大部分とガリア(現在のフランス)の一部を支配下とする西ゴート王国を建国した。 現在のスペインの基礎を築いた民族でる。イスラム勢力により滅亡する

まず第一にエンディングからの想像である
エンディング
この光景を見て、私は海を想像した。東ゴート族はオーストリアあたりに定住していたはず。 つまり海が無い!ゆえに西ゴートなのである(かなり強引)!



西ゴート王国起源説(2)
第二にクラリス達の名前である
クラリス=ド=カリオストロ
あまり自信はないけど、この「〜=ド=〜」って、フランス人っぽいでしょ? 少なくともドイツ人にはないのでは?地理的にフランスに近い、スペインで決定! なぜフランスに近い方が有利かを考えてみよう。 有名なユリウス=カエサルの時代、カエサル自身がガリアに戦争に行っている事実。 この時に「ガリア戦記」という書物を残している。カエサルはここで大きな戦果を上げている。
後にフランク王国となり、直接的なローマとの関係は薄くなるが大きな影響は受けているはず。 カエサルがルビコン川を渡ったのが紀元前45年。 かなり大昔には違いないが、ローマ帝国の影響を色濃く残しているに違いない

後のドイツでは確かに「神聖ローマ帝国」を名乗り、ローマ帝国の後継を自認しているが、 ローマ帝国がドイツに積極的に進出していた事実はないので、
ローマの遺跡を継承する = 西ゴート王国あたりでは?
と想像できる
遺跡



宗教的地政学からの公国所在地の推測
第三に宗教的な見地から
伯爵とクラリスの結婚式には、バチカンから大司教が呼ばれた。この事実から考えると、 やはり場所はスペインとフランスの国境にあると考えられる。
15世紀のドイツの宗教革命を考える限り、敬虔なカトリック教徒が多いスペインは有利だ。 この宗教革命の最中に、ブルボン朝アンリ4世は「ナントの勅令」(1598)を発布している。 この勅令には様々な政治風景があるが、とりあえずそこには触れない

バチカンから大司教が来る時点で、カトリック教徒の国が候補として急上昇!
大司教



フランス革命からの推論
第四にやはり地理的条件
ニセ札を作るというのは、やはり高度な技術が要求される。ではこの技術はどこから来たのだろうか?
スイスが高級時計の産地であることは有名な事実だが、なぜそうなったかご存知だろうか? 一説にはフランス革命が原因という説がある。1789〜1799年に勃発したフランス革命によって、 今まで国王や貴族を相手にしていた多くの宝石職人達も職を失った。 彼らはスイスに亡命して、その高度な技術を時計細工に向けたのがスイス製時計の始まりだという・・・
フランス革命前から、国の財政難から亡命していた人たちがいたとすれば・・・

逆にカリオストロ公国のスイス存在説の可能性もあるのだが、 スイスの独立は13世紀。しかも、ハプスブルク家の圧迫に抵抗したのがきっかけだ。 ちなみにハプスブルク家は代々、神聖ローマ帝国の皇帝を輩出した名家。 地理的に言えば、現在のオーストリアにあたる場所(現存)。そんな土地柄で、 「〜=ド=〜」と名乗る公爵を叙任したとは考えがたい
ゆえに、フランス国王かスペイン国王の叙任によるものと考えられる?

スイスに亡命せずに、フランス国境に逃げ込んだ職人達が存在したら?
印刷機

時期的に正しいことは劇中のルパンの台詞にある
「ブルボン王朝を破滅させ、 ナポレオンの資金源となり、世界恐慌の引き金ともなった・・・」
ニセ札の登場は、ブルボン王朝の消滅以降なのだ



公国の歴史
起源と所在地は不明だが、公国の歴史も劇中ではほとんど語られていないので難しい。 わかることを箇条書きにしてみると、
  • 大公家が政治を司り、表の顔として活躍してきた
  • 伯爵家は謀略と暗殺を司り、公国を守り続けてきた
  • ニセ札界のブラックホールとして噂になり始めたのは、18世紀末からのようだ
  • 世界最小の国連加盟国ながら、列強の侵略をも退けつづけた国である
  • 先代の公爵を暗殺したのは、最後のカリオストロ伯爵である
同族同士の血で血を洗う争いの中で、公国の独立を守り通してきたようである

ここからは純粋な推論なのだが、近代に近づくにつれて伯爵家の力が勝ってきたように思える。 なぜなら伯爵は城に住んでいるが、大公家は城の外に住んでいたからだ。 守りの要である城に住んでいない国主というのは、歴史上にまず存在しない。 近代の公爵家がよほどのお人よしだったか、伯爵家がヤリ手だったかのどちらかだろう



公国の現在
20世紀後半の当時のカリオストロ伯爵と、クラリス姫の結婚式の当日。 世界的な泥棒ルパン三世を追っていたICPOの銭形警部によって、ニセ札工場が世界に暴露される。 その前には名城として知られるカリオストロ城に放火があったり、 クラリス姫がルパン三世に誘拐されそうになったり、 伯爵所有のオートジャイロが、ルパン三世により強奪されている(銃撃により爆破されており、 現存していない)
ルパン三世 当時の新聞 オートジャイロ
ルパン三世当時の新聞オートジャイロ

結局はカリオストロ伯爵は行方不明。地下のニセ札工場はICPOにより押収されるなどして大騒ぎとなった (しかし各大国にとっても都合が悪過ぎたため、国際的にはお咎めなしとなった様子)。 バチカンの大司教も無事に保護されたが、結局はカリオストロ伯爵は現在も行方不明。 このままでは国の代表がなくなるため、急遽クラリス姫が大公となって事態を収拾した

時計台の爆破(犯人は不明)によって発見された、ローマ遺跡により現在は観光業を主としている。 犯人はルパン三世と噂されているが、クラリス公爵による全面否認により真相は謎のままである

またゴートの血の証とされる金と銀の指輪も、行方が知れなくなりゴート王国研究者を嘆かせている。 これに関してもクラリス公爵は、何もコメントを残していない

大公家の指輪 伯爵家の指輪
大公家の指輪伯爵家の指輪

色々とあったが、現在はローマ遺跡を柱とした観光産業国へと成長しつつあるようだ



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